「車が通るよー。」「枝、落ちるから気をつけてー。」
市内を流れる新境川の両岸の桜並木。澄んだ青空に春の日差しが暖かい月曜日の朝に、溌剌とした男たちの声が飛び交う。『日本さくら名所100選』にも選ばれる見事な桜が立ち並び、お花見スポットとして東海でも指折りの人気を誇るここ新境川の桜並木。実はその手入れは大部分が有志のボランティアによって行われているという全国的に見ても珍しい側面を持つ。
『百十郎桜保全ボランティア』代表を務めるのは市内在住の須田長良さん、74歳。発足17年目となる同ボランティアの立ち上げ人の1人だ。この日も20名近くの参加メンバーを取りまとめ、要所で指示を出すなどしながら駆け回っていた。
同ボランティアの主な活動内容である枝の剪定作業は、桜の木をより美しく、また腐朽や病気から守るためのもの。川沿い約5kmの範囲に並ぶおよそ1200本の桜の木を剪定するためには、週に1度、毎回数百メートル刻みで作業を続け、桜のシーズン前だけでなく年間を通して活動しているという。メンバーには女性の姿も。
当初は行政の取り組みの一環として発足したチームだが、今ではボランティアとして自立し、その経験や収集した情報を基に「教科書」を作れるほどの知識と技術を蓄えた。自身らで編み出した手法が他地方で採用されたという実績もあり、定期的に勉強会も行うなど自己研鑽にも余念がない。
「桜の木を少しでも良くするためにやっているだけ。」明朗で生き生きした須田さんの言葉の節々には、桜への深い愛情が感じられる。本当に地元の桜を愛する市民だからこそ日々桜を見守り、小さな変化にも気付き、誰に命ぜられるでもなく自らの意思で動くことができる。「きめ細かい手入れに力を入れている。」その言葉の通り、ここまで枝の剪定が行き届いた美しい桜は珍しいのだそう。
「百十郎桜」は、明治から昭和にかけて全国的に活躍した各務原出身の歌舞伎役者・市川百十郎が、水害を繰り返す境川の治水のために作られた新境川の工事犠牲者への慰霊の意を込めて1200本の桜を寄贈したことを起源とする。
あと数日もすれば立派な花が今年も満開を迎え、その姿を見に大勢の花見客が訪れる。桜の花は新たな季節の訪れを告げ、期待と不安、様々な思いで見上げる観衆の頭上に平等に咲き渡る。誰もが笑顔になり、そしてその裏にはそんな風景を支え続けている人たちがいる。
「我々ほどこの桜をよく見ている人はいないからね。」やわらかな春風の中ぽつりとそう呟いた須田さんの誇りも、一輪の花となって咲いているのだろう。
今井 大樹IMAI HIROKI
各務原テクノプラザに所在する日本で唯一の義足の総合パーツメーカーに就職するため、 東京都渋谷区から各務原市に越して来ました。本業でもOFKライターとしても心掛けていることは同じ、誰かの「その人らしい生き方」に貢献することです。よろしくお願いします。